【忘れられない記憶】(超短編)
●ブログを書く前にTwitterのおしゃべりで呟こうとしたところ。
こんばんは。
今回はブログではなく【忘れられ記憶より愛を込めて】の超短編になっております。
本当はTwitterに上げる筈だったのですが、呟きにしては長く、読み難くなってしまった為、苦肉の策で此方に載せます。
小説の方に載せる程のボリュームはありませんので。
本当は今回の休みの事をブログにする予定だったのですが、夜も深くなってきて明日の仕事にも響きそうなので、また後日とします。
では。以下特にオチのないTwitterレベルの超短編でございます。
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【忘れられない記憶】×夫婦喧嘩
『いやぁ、これは。これは。どうですか?四条さん』
『女性の和服姿には本当に素晴らしい』
『十代の女の子の和服姿なんて、我々おじさんには、たまらないものがありますからねぇ』
『おや、平川アナはソッチじゃないでしょう』
『若い子の水々しさに男女は関係ありませんから』
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そう言って画面に映された可愛らしい女の子の和服姿に、ヤスキは持っていた箸をカラリと落とした。
画面には、前シーズンの朝ドラで活躍した若い女優とベテラン俳優、そしてアナウンサー拓道が映っている。毎週金曜日に放送されるその番組は拓道のレギュラー番組の一つだ。
「………え」
ヤスキは毎週欠かさず録画しているソレを、いつもの如く日曜ののんびりとした朝に見ていた。
しかし、いつもの事であるその習慣の中に、まさかこれ程の衝撃が隠されていようとは。
ヤスキは、例のシーンをもう一度巻戻すともう一度食い入るように画面を見つめた。
そこへ、歯磨きを終えた拓道がやってきた。
「先生、それ何回目〜。本物の俺はここにおるよ〜」
そう言ってヤスキの隣にドサリと腰掛けた拓道は、いつもの台詞を零す。このやり取りも最早“いつもの事”なのだ。
しかし、当のヤスキは拓道に目もくれない。その目はひたすらに画面に釘付けだ。そんなヤスキに拓道は少しばかりムッとすると、一ヶ月前に撮影を終えたソレに目を向けた。
ヤスキは何度も、何度も同じ場面を巻戻す。
「……」
『いやぁ、これは。これは。どうですか?四条さん』
『女性の和服姿には本当に素晴らしい』
『十代の女の子の和服姿なんて、我々おじさんには、たまらないものがありますからねぇ』
『おや、平川アナはソッチじゃないでしょう』
『若い子の水々しさに男女は関係ありませんから』
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(4回目)
ヤスキは“ある一定の場面”を繰り返し見続ける。そして、それを拓道も同じように見続けると、拓道はなんだかとても居た堪れなくなった。
有体にいえばそのシーンは拓道が若い女優を褒めるシーンだ。
若い、女優。
ヤスキとは正反対なのだ。
「ヤスキ、ちがう」
「拓道君、君は」
「違うんだヤスキ。聞いてくれ。これは違う。何が違うかって言うと、全然違うんだ」
普段の敏腕アナウンサーっぷりはどこへ行ってしまったのか。
深刻な顔をするヤスキを前に、拓道は全くもって“平川アナ”になり切れなかった。
そう。そこには、浮気を誤魔化す馬鹿な男しか居なかったのである。
「違わない。ちょっと聞きたいんだけど」
「いや、違います。本当に違うんです。あれは仕事上での事であってですね」
「ちょっとまず俺に話させて。君の言い分は後から聞くから、まず黙りなさい」
いつもよりトーンの低いヤスキの声。あの穏やかで優しい声と表情は、今のヤスキには欠片もなかった。
「〜〜〜〜!!」
拓道は心の底はから冷えきっていく気持ちを前に、ともかく黙らざるを得なかった。
ハッキリ言って今のヤスキはとんでもなく怖かったのだ。普段、優しい人ほど怒ると怖いとは、よく言ったものである。
「………ねえ、拓道君。君はさ」
「……はい」
「もう、“おじさん”なの?」
………。
「は?」
拓道は、ヤスキの口から出てきた予想外の言葉に、ただただ口を開け放つことしかできなかった。
これ程の返しに困る会話のボールを、言葉を生業にしている拓道は食らった事がない。どんな変化球をも絶妙なタイミングとスピードで返球する拓道は、今、初めて固まったままボールを見送ったのだ。
「君も聞いてよ。ここだよ。ここ。拓道君はハッキリここで自分をおじさんなんて言ってる」
そう言うや、ヤスキは5度目になる例のシーンを再生し始めた。
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『十代の女の子の和服姿なんて、我々おじさんには、たまらないものがありますからねぇ』
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そこで、確かに拓道は自分のことを“おじさん”と称している。
「あ、あぁ。確かに。まぁ、俺ももう35やし、アラフォーやしね」
「あ、あ、あ、あらふぉー」
「10代から見りゃ、そりゃあ俺げなもうおじさんやろ」
「拓道君が………そんな、そんな」
そう言って頭を抱え始めたヤスキを前に、拓道は己の考えていた先程までの恐怖が、全くの勘違いであることを思い知った。
ヤスキは別に嫉妬をして怒っているわけではなかったのだ。
“我々おじさんには”
そう言った拓道の言葉に、ヤスキは途方もない衝撃を受けていたのだ。冷静になれば、この位の事でヤスキが怒ろう筈もない。ヤスキは拓道より何倍も大人なのだ。
拓道は項垂れるヤスキの肩を抱くと、しみじみ頷いた。
「ヤスキはいつまでも俺が12歳っち思いよろうが」
「そんなことないよ……ただ」
「いいや、ヤスキは思っとるね。俺ばいつまででん、小学生っち思いよる。だけん、そげんショックば受けよるんやん」
拓道は先程の仕返しとばかりに少しだけ拗ねた口調になった。
全然、拗ねてなどいないがこうすれば甘えさせてもらえると踏んだ、拓道の技の一つだ。
しかし、その瞬間またしても、拓道の予想した所にボールは返ってこなかった。
それどころか強烈なスマッシュのような豪速球が拓道を襲った。
「君が子供の頃、俺は青年だった」
「はい?」
「君が青年の頃、俺はおじさんだった」
「え?何のポエム」
「じゃあ、君がおじさんなら……俺はなに?」
全くもって見たことがない、ヤスキのギラギラした目(※)が拓道を襲う。
何も返せない。
ここにきて、拓道はまたしても自分の見立てが間違っていた事に気付いた。
ヤスキは拓道の“おじさん”発言に、時の早さや拓道の成長に戦いたわけではなかったのだ。
ヤスキは、そう。ヤスキは。
「アラフィフの俺は……初老?」
自分の年齢に戦いていたのだ。
「君と俺は12歳離れているが故に、同じ人生のステージに立つことはない……子供、青年。青年、おじさん。おじさん………お爺さん??俺もう……そんな!?」
「ヤスキ!?ごめん!落ち着いて!」
「拓道君がおじさんって自分でさっき言ったんじゃないか!なら俺は初老かーー!!」
「いや!同じステージやろ!年々ステージは長くなっていくったい!俺とヤスキは同じステージにおると!!」
「君と同じステージなわけあるか!12歳も俺が年上なんだよ!?」
その日、拓道は手負いの獣のようになってしまったヤスキにどうする事もできなかった。
「40代はまだおじさんでいいと思います!」
「じゃあ50になったら初老ってことかよ!?」
何を言っても裏目に出る始末。
その日、二人は生まれて初めて“夫婦喧嘩”をしたのであった。
おわり。
(※)ギラギラした目とは